株式会社とこ販 常滑案内

常滑市の概要

常滑市の地理

愛知県知多半島の西海岸に位置する南北に細長い街です。北に知多市、東に阿久比町、半田市、武豊町、南に美浜町に隣接しています。 気候は年間を通じて温暖で適度の雨量があり、海の幸、山の幸に恵まれています。 平安時代末期ころからの「古常滑」と呼ばれる焼き物の産地として知られ、瀬戸、信楽、越前、丹波、備前と並び、日本六古窯のひとつとされ、中でも最も古く最大の規模とされています。窯業は現在も主産業になっています。窯業のほかには繊維、工業、機械金属工業、醸造業などがあります。 農業は大規模な耕地整備が進められ、野菜、果物などの栽培が盛んです。漁業も盛んで、魚の宝庫といわれる伊勢湾から多種類の魚が獲れ、のり養殖も行われています。

常滑市域の歴史

昔漁労の民が海岸沿いに、あるいは海を渡って当地に住みついたと想像されています。 市内で発見されたもっとも古い遺跡は縄文時代中期頃のものと思われる石瀬貝塚です。 平安時代末期には古常滑といわれる焼き物が生まれ、以後、焼き物の産地としてその歴史は受け継がれています。16世紀後半には大野佐治及び常滑水野の戦国小大名が現れ、特に大野佐治はすぐれた水軍を持ち、織田氏、豊臣氏等との関わりも深く4代にわたり活躍しました。また、海に面していることから海上交通がめざましい発展を遂げ、海運業が発達し、戦国時代から江戸時代には、廻船が大活躍しました。大野町には近世における廻船総庄屋・中村権右衛門の存在が知られています。 なお、中世末より常滑焼きが全国各地へ広がっていったのも、海上輸送という手助けがあったからです。 戦国時代を経て江戸時代には尾張藩の治下にあり、明治維新後は額田県に属し、明治5年からは愛知県に属しました。

地名の由来

「常滑」地名のルーツ 現在ではとこなめ焼の名称とともにすっかり定着した「とこなめ」ですが、この地を「とこなめ」と読むのか、「とこなべ」と呼ぶのが正しいのか紛糾した時代もありました。いずれにしろ難しい読み方でありますが、この地名のルーツをさかのぼると万葉集に「常滑」という語を詠んだ歌があり、そこでは「とこなめ」と詠んでいます。 また、地名の由来はその土壌にあるのではないかと言われています。というのも、「常」は「床」、「滑」は「滑らか」という意味で、床とはつまり地盤のこと。古くからこの地は粘土層の露出が多く、その性質が滑らかなため「とこなめ」と呼び、そうした習俗が地名として定着していったと考えられています。

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